変貌する日本のデジタルサイネージ業界:プレイヤー交代が示す新局面
日本のデジタルサイネージ業界は、この10年で大きな地殻変動を経験している。かつて市場を牽引していたのは、シャープやパナソニック、NECといった国内大手メーカーであり、彼らが供給する高性能な液晶ディスプレイが駅や商業施設に次々と導入された。また、通信インフラを握るNTTやKDDI、広告枠を運用する電通や博報堂も、業界のエコシステムを構成する主要なプレイヤーであった。だが現在、その座は大きく揺らぎ、新たな顔ぶれが登場している。
国内メーカーの後退と中国LED勢の台頭
最大の変化は、ハードウェアの主導権が日本から中国へ移った点にある。国内メーカーが強みとした高画質・高耐久の液晶ディスプレイは、やがてコモディティ化の波に呑まれた。そこへ大量生産とコスト競争力を武器とする中国のLEDメーカーが参入し、大型屋外ビジョンや曲面ディスプレイといった新市場を制覇した。こうして日本勢は競争力を失い、撤退や事業転換を余儀なくされた。近年の「デジタルサイネージジャパン」においても、かつて会場を占拠していた国内電機メーカーの姿は薄れ、中国・台湾のLEDメーカーや新興ソフトウェア企業が存在感を示している。この変化は、業界の勢力図の変化を如実に物語っている。そして、このLED市場ですら過当競争に直面しつつある。
ここで重要なのは、このプレイヤー交代が劇的な「ゲームチェンジャー」の登場によってもたらされたのではない点だ。むしろ、既存の舞台において選手が入れ替わっただけの「メンバーチェンジ」と捉えるべきである。技術そのものが革新されたわけではなく、供給力や価格競争力を持つ新たな企業群が、従来の主役の座を静かに奪っていったのである。

新たな主役:ソフトウェアとサービス企業
もう一つの大きな変化は、価値の源泉が「ハード」から「サービス」へ移行したことである。デジタルサイネージに関するハードウェアは、差別化できる要因が少なく、参入障壁も低いからである。そのためデジタルサイネージは映像を映す装置にとどまらず、クラウド型CMSやAIを活用したインタラクティブなソリューションを組み込む「サービス」へと進化した。これにより導入コストは下がり、中小規模事業者にも普及が広がった。業界団体であるデジタルサイネージコンソーシアムも、標準化の枠を超え、アワード開催やセキュリティ指針策定といった実務的活動を展開し、業界構造の変化を後押ししている。主役の座は、ディスプレイを製造する企業から、ソフトウェアを提供し、運用を支援する事業者へと確実に移っている。
 
広告会社からメディア事業者へのシフト
広告代理店の立ち位置にも変化が見える。従来は設置面の開拓や広告枠販売にとどまっていたが、今やデータ活用によるターゲティング配信やプログラマティックDOOHの普及に伴い、メディア事業者としての性格を強めている。これにより、デジタルサイネージは「単なる掲示板」から「運用型の広告メディア」へと位置づけを変えつつある。広告会社にとっても、ソフトウェア企業や通信事業者との連携が不可欠となり、従来の単独支配的な役割から、複合的なプレイヤーの一員へと立場を調整している。
 
今後の展望:連携による新価値創造
こうしたプレイヤー交代の先に求められるのは、メディアとしての価値最大化である。パーソナライズ配信やデータ収集・分析を基盤とした広告展開はもちろん、AI、IoT、5Gといった異分野企業との連携によって、防災や観光支援、スマートシティ構想など社会的機能を担うことも期待される。また、日本が強みとする高品質なサービスや独自のコンテンツ制作力を組み合わせることで、ハードのコモディティ化を超えた差別化が可能になる。
日本のデジタルサイネージ業界は、国内メーカーが中心だった時代から、中国のLEDメーカー、ソフトウェア企業、さらには広告会社を巻き込んだ複合的エコシステムへと進化してきた。プレイヤー交代劇は今も続いており、業界の重心は「ハードを売ること」から「メディアとして価値を創出すること」へと移り変わっている。今後、どの企業がこの新しい舞台で存在感を発揮できるかが、次の10年を決定づけるだろう。
(Y.E.)